2人の食のプロが生み出す究極のマリアージュ
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標高1200m、人工的な音が排除され虫の音が軽やかに響く自然の中に毎夜浮かび上がる、最高級“リストランテ”。「FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」のディナーの場を演出するタープや灯り、テーブル、チェア、ストーブなどはすべて、スノーピークのキャンプ用品です。アウトドアでありながら、テーブルに一皿一皿丁寧に料理とワインが並べられる様子は、はるかキャンプの域を超えています。この、どこが現実離れした空間で味わう創作料理のフルコースの食体験は、季節ごとのシェフとソムリエの妥協を許さない話し合いによって作り出されています。
「FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」のディナーのウリは、何といっても信州長野の食材を使った料理と長野のワインのマリアージュ。8月の終わりの北尾根高原には、9月からの秋メニューとそれに合わせるワインを決める、鈴木伸悟シェフとソムリエの吉平翔氏の姿がありました。
鈴木シェフはイタリアで修行。その後、東京・銀座のイタリア料理店「ブルガリ・イル・レストランテ」で腕をふるっていました。ミーティングをするシェフとソムリエの手元にある「2019秋メニュー」と書かれた紙には、塩漬けにした干し鱈に油を加えながら練り上げてペースト状にするイタリア・ベネチアの郷土料理「バッカラマンテカート」やイタリア語で凝縮の意味を持つ「コンチェントラート」などの文字。「FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」のディナーで提供される創作料理の数々には、鈴木シェフがこれまでの経歴で身に付けたイタリア料理の手法がベースとなり生かされています。
「長野県白馬村にあるFIELD SUITEでしかできない食体験を提供したい」という鈴木シェフの言葉通り、秋メニューでも使われる食材には、長野県の伝統野菜「清内路かぼちゃ」、「ていざなす」など、積極的に旬の地場野菜を取り入れています。使うかぼちゃも切ってそのまま使うというわけではありません。かぼちゃの甘みを濃縮するため、3日間かけて水分を飛ばすという作業も厭いません。
一方、7つの料理に合わせられる7種類のワインはすべて長野県内にあるワインメーカーのものです。「井筒ワインや五一わいんなど長野県には大手ワインメーカーがあります。良いワインですが、これら大手メーカーのワインは多くが東京でもどこでも手に入ります。できるだけ作られる本数が少なく、長野県以外では手に入りづらい小さなワイナリーこそ、ここで飲んで欲しい。そういう思いも込めて、ペアリングワインを選んでいます」(ソムリエの吉平氏)。
料理に合うワインを決める場では、シェフが作った料理をソムリエが食べてワインを決めていくのが通常の流れです。ですが、鈴木シェフとソムリエの吉平氏の前にあるのは、メニューと使う食材が書かれた1枚の紙のみ。たとえば「スパゲッティ サンマ シチリアーナ」と書かれたところには、「さんま、スダチ、フィノッキエット、サフラン、松の実、レーズン、タマネギ、トマトペースト」と書かれています。
これを見ながらシェフは料理の説明をします。「シチリアでは鰯の”シチリアーナ”が一般的ですが、秋の旬の食材、サンマを使って作ってみたいと考えています。鰯のようにサンマも骨ごと食べられるように、鱗をとったらサンマの重量の1.2%の塩をまぶし1日置き、出た水分を拭き取って120度のオイルで3時間ほど熱します。ウイキョウのソースに絡めたパスタの上に、出す直前に再度焼いたサンマをのせるのですが、サンマに合うすだちをその上にかけるか、それとも焼く前にサンマ自体にすだちの香りを付けておくのがいいのか・・・トマトペーストとすだちが合うのか微妙なんですよね。」これに対するソムリエの言葉は次のようなものでした。「すだちではなく山椒を使うのはどうでしょうか。最後に振り掛けるパン粉に山椒を刻んだものをまぶしておく。」
実はソムリエの吉平氏、愛媛県出身で京都の料理専門学校に通った後、20~29歳まで滋賀県の料理旅館で板前として働いていた経験があります。板前をしていた頃、ワインの管理をして欲しいという料理旅館の要望でソムリエの資格を取得。3年前に長野県東筑摩郡朝日村に移住し、自ら選んだこだわりのワインを地中熱という自然のエネルギーを利用した冷暖房システムを使い最適な状態で保存し販売する吉平酒店を始めました。料理を食べなくても、香りや味付けなどを想像しワインを決めていけるのは、板前のプロとしての知識と感覚がなせる技です。
「油で揚げてとろんとやわらかくなったていざなすにからすみをかけて、黒アワビはコクを出すためにベーコンオイルを付けて炭火焼きにします。ソースは黒アワビの肝にエシャロットと白ワインを煮詰めたもの、グリーンペッパーを入れようと思います。」というシェフの言葉に、ソムリエは「白馬村にほど近い、長野県大町市にあるワイナリー、ノーザンアルプスヴィンヤードのシャルドネオークプレミアムははずせません。このシャルドネに合わせたいのが黒アワビの一皿。ただ心配なのが、肝のソースの濃度によっては白ワインを飲んだときの苦みと、飲んだ後、アフターフレイバーに生臭みといった形で磯の香りが強く出過ぎた感じになります。」とソムリエ。続くシェフの言葉は、「それでは、肝のソースはぼってとした感じではなく、軽い感じにしますね」。まるで、目の前に料理が並べられているかのようにシェフとソムリエの掛け合いはなめらかですが、ここで驚いた点が一つありました。
イタリア料理にせよフランス料理にせよ、ペアリングワインを選ぶときは料理ありきで決まっていくのが一般的です。世界に名だたるワインの生産地、イタリアやフランスであれば多種多様なワインがあり、その中から料理に合う1本を選べます。長野県は国内有数のワイン産地とはいえ、ワイナリーの数はまだ50弱程度。この限られた種類の中から、複雑な味わいの料理に合う1本を選ぶのは簡単ではありません。「ここでしか体験できないことを提供するため、長野の食材と長野のワインを最高の形で届けるために、ワインに料理を寄せることもあります」とシェフは話します。
宿泊した50代の男性は、「ワインだけを飲んだときは個性が強すぎて、これに合う料理があるだろうかと思ったものもあるのですが、料理を食べワインを口に含むと何とも味わい深いものに変わりました。このような経験は初めて」と話します。
「FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」のディナーは、シェフとソムリエ、2人のプロの技で「ここでしか味わえない」マリアージュが完成しています。