雪の世界で楽しむシェフとソムリエの作り出すマリアージュ
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長野県白馬村に本格的なスキーシーズンが訪れました。スキー場営業を終えた北アルプスの絶景を眺める北尾根高原、雪の中で焚き火を囲みながら日没を眺め、暖かなダイニングで長野の食材をふんだんに使った最上のコースメニューと、信州ワインのペアリングを楽しむ――。そんなグランピングスタイルのディナーツアー「Après & Dining(アプレ&ダイニング)」が12月下旬よりスキーシーズンの間「Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」で始まります。シェフとソムリエが信州産の食材とワインで織りなすマリアージュと、白馬村を愛するスタッフが届ける最高のおもてなしの舞台裏をご紹介いたします。
12月上旬、白馬村の八方尾根スキーリゾートからクワッドリフトに乗り込むと、眼下には一面の雪景色が広がります。新雪の上にはウサギの小さな足跡があちこちに見えます。標高1200mの北尾根高原に降り立つと、雄大な北アルプスが目の前に迫ります。オープン前のこの日はグランピングディナーツアー「アプレ&ダイニング」のコース料理とワインのマリアージュをシェフとソムリエ、スタッフが試食する日です。
ソムリエの吉平翔氏が持参したのは、長野県産、それも白馬村近郊に点在するワイナリーで生産された約10種類のワイン。赤、白、ロゼ、スパークリングがそろい、エチケット(ラベル)のデザインの美しさに目を奪われます。吉平氏は長野県朝日村でワイン専門店を経営しています。それだけに長野県産ワインの知識が豊富です。「事前にメニューを見て、ペアリングするワインをイメージします。今回はロゼやスパークリングワインを効果的に組み合わせるのもいいかもしれないと考えています」と楽しみな様子です。
長野県はブドウの栽培に適した自然条件を備え、県内のワイナリーで作られるワインは、海外でも高く評価されています。近年は、小規模のブドウ農家がワインを作りやすくする国の「ワイン特区」に認定される自治体も増えています。このため長野県外では流通していない稀少なワインも数多くあるのです。吉平氏は「ワイン好きの方にも『こんなワインがあるとは』と驚きを感じてもらえるよう、あまり流通していないワインを選びました」と明かします。
一方、厨房では鈴木伸悟シェフが最初の料理の仕上げにかかっていました。鈴木シェフは、イタリアで6年間修行したのちに、東京・銀座の「ブルガリ イル・リストランテ」などで活躍し、2019年オープンと同時に「FIELD SUITE HAKUBA」の専属シェフになりました。日本国内のグランピング施設で専属シェフを抱えるのは初めてのことでした。
前菜が完成した瞬間、スタッフからは「クリスマスリースみたい!」と感嘆の声が上がりました。円形状に配置された美しい色合いの野菜や果物と一緒にエディブルフラワー(食べられる花)がちりばめられています。
鈴木シェフがスタッフに料理の食材を説明します。「長野県産のイタリアの冬野菜3種類を使っています。少し苦味があるので、パンチェッタ(豚のバラ肉塩漬け)の肉と、ゴルゴンゾーラチーズの塩気、バルサミコ酢の酸味も生かしています。甘味として洋梨、ザクロを入れています。彩りとしてエディブルフラワーをあしらいました」。
スタッフはシェフの説明を一言も聞き漏らすまいと真剣にメモをとっていきます。シェフが続けます。「ドレッシングは、パンチェッタをいためた時に出る脂とバルサミコ酢で。ですが、パンチェッタをグアンチャーレ(豚の頬肉)に変える予定です。グアンチャーレのほうが脂が多く、固まりにくいからです」。
この前菜のペアリングとして吉平氏が提案したのは、長野県中野市のワイナリー「たかやしろファーム」で生産された「ヴィオニエ」という品種の白ワイン。日本ではあまり栽培されていない品種ですが、洋梨のフルーティーな香りが特徴です。吉平氏は「イタリアの冬野菜の苦みとちょうど良いバランスがとれ、チーズとも相性が合いますし、野菜の味が引き立つと思います」と紹介しました。
試食したスタッフたちからは「ワインだけを飲んだ時はすっきりした印象でしたが、料理と一緒に味わうと香りが強く出て、全く違った味わいになります」と驚きの声が上がりました。ワインの味を確かめた鈴木シェフも「うん、いいですね」とうなずきます。
ペアリングには満足した鈴木シェフですが、料理の見た目に少し納得がいかない様子です。吉平氏に「このゴルゴンゾーラソースの位置が気になっています」と話し掛けます。ゴルゴンゾーラソースは、料理の中央に配置されていました。吉平氏はこう提案します。「アウトドアの雰囲気を出すために、お客様にソースを作ってもらったらどうでしょう。別添えでもいいかもしれません」。鈴木シェフは「別添えならゴルゴンゾーラが苦手な人にも対応できますね」と同意しました。
実は吉平氏は、酒店を営む以前に、10年ほど滋賀県内の和食店で板前として働いていた経験があるのです。和食店でワインの管理を任されソムリエの資格をとったことが、酒店を営むきっかけになったといいます。板前時代の経験と知識があるからこそ、鈴木シェフの思いを理解できるのでしょう。
2皿目は山口県下関市で水揚げされたトラフグと白子のコンフィです。「チヂミホウレンソウのソテーの上に、火入れしたトラフグの身を載せます」。鈴木シェフが説明したところで、スタッフの1人が質問しました。「トラフグは何度で何分間火入れしているのですか」。世界中から訪れる人に、心地良い時間を味わってほしい。そのためには丁寧な料理の説明が欠かせないからです。
シェフは「55度で10分間火入れしています。ソースは長野県松本市産の松本一本ネギを強火でいため、フグの出汁、白子と内皮を入れてとろみのあるソースに。その上にユズと芽キャベツのフライ。ユズ果汁も入れています」と続けます。
吉平氏が手にしたのは、白馬村の隣、大町市のワイナリー「ノーザンアルプスヴィンヤード」の「シャルドネオークプレミアム」。「生のナッツをすりつぶしたような香りに加え、ホワイトチョコのニュアンスがあり、クリーム系の料理に合いやすい」(吉平氏)。
鈴木シェフは吉平氏に「フグの身をもう少し小さくしたほうがいいかな」と相談します。吉平氏は「ワインが強いので、身は大きいままで良いと思います」と答え、こう続けます。「白子がクリーミーで味が優しい。全体が柔らかい印象です」。「芽キャベツのフリットをもう少し多くして、カリっとした食感も加えてもいいかもしれません」と鈴木シェフが応じ「もうちょっと試行錯誤してみたいと思います」と付け加えました。
料理とワインのプロフェッショナルが、お互いの経験や直感を生かし、こうしたやり取りを重ねて最高のマリアージュを創り上げていくのです。
この後、ズワイガニのパスタ、信州牛フィレ肉のメインなどに続きます。そしてコースの最後は屋外に出て、スキレットに載せた熱々のデザート「タルトタタン」を焚き火を囲みながら楽しみます。雪明りで周囲は薄明るく、空を見上げると満天の星空が目に飛び込んできます。
ツアーのラストは、ルーフトップがある雪上車に乗り、星空と白馬村の夜景を楽しみながら下山します。山口聡一郎支配人が「ウサギはかなりの高い確率で見れますよ。運が良ければとカモシカにも遭遇できるかもしれません」と教えてくれました。「スキーだけではないスノーリゾートとしての白馬の魅力を感じてもらいたい」。グランピングディナーツアーにはスタッフたちの熱い思いが込められています。